【Vol.108】築97年の登録有形文化財をまちに賑わい生む拠点へ。三島からはじまるWhiskey&Co.の挑戦

2025.12.23
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 リノベるは、「日本の暮らしを、世界で一番、かしこく素敵に。」のミッションのもと、個人・法人・産業支援の3つの領域でリノベーションプラットフォームを構築し「課題を価値に。」変えるリノベーションを提供しています。

法人向け「CREリノベーションプラットフォーム」では、不動産の利活用を推進しています。「まちの新しい価値になる」という事業ビジョンのもとで展開する「都市創造事業」では、遊休不動産が新たなまちの拠点へと生まれ変わり、地域創生のきっかけにつながる「地域の魅力」をつくる、原動力にもなってきています。

その一例が、静岡県三島市にある当時築97年の登録有形文化財だった建物を、ウイスキー蒸留所へとリノベーションした「Distillery Water Dragon」です。2023年の竣工から2年を経て、どのような地域との関わりが生まれてきているのか、蒸留所を運営するWhiskey&Co.株式会社の大森章平代表取締役と、都市創造事業部本部長の西郷俊彦、現地を訪れた取締役安河内亮に話を聞きました。

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▲三嶋大社につながる表参道に位置し、古い建物が立ち並ぶエリア。その中でも目を引く建物が「Distillery Water Dragon」。

徹底的に品質を追求する「クオリティドリブン」な酒づくり

―はじめにWhiskey&Co.の事業について、特徴やビジネスモデルを教えてください。

大森:「Distillery Water Dragon」は、静岡県三島市にあるバーボンスタイルに特化したウイスキー蒸留所で、レストランバーも併設しています。全国でも指折りの小規模なウイスキー製造工場で、少量限定生産、地域限定販売を行っています。これまでに、ウイスキー原酒2種とジン3種、焼酎1種をリリースしました。

 創業は2021年ですが、僕が動き出した当時はちょうどジャパニーズウイスキーの蒸留所が一斉に増えはじめたタイミングでした。もともと僕がウイスキーをつくろうと思ったのは、バーボンが好きだったから。ところが、日本国内ではスコッチスタイルのウイスキーをつくるところばかりで、バーボンに特化した蒸留所はありませんでした。バーボンスタイルにこだわれば、斬新でエッジのきいた事業になるだろうと考えました。

 さらに徹底的に先鋭的な戦略にするにはどうすればよいか。当時、多くの蒸留所はBtoB向けで、卸のルートにどれだけ乗せられるか、全国の飲食店にどう届けるか、商社を通じていかに海外輸出量を増やすかに目が向いていました。そこでBtoCのブランディングに特化して、消費者の心をつかむプロダクトをつくることにフォーカスし、さらに蒸留所のある三島でしか売らないというコンセプトにしたんです。とはいえ一方では、業務用で全国の飲食店にはしっかり流通させていき、たとえば東京都内のホテルのバーなどで、Whiskey&Co.のお酒は飲めるようにしていく。おいしいから自分で買いたいと思ったとき、三島の蒸留所まで足を運ばないと買うことはできない、そんな戦略にしました。うちのお酒のブランド力が高まるほど、ほしい人は三島まで買いに来ざるを得なくなるわけです。地域限定販売を選択することにより、三島の人たちにとっても、応援しがいのあるプロダクトとして認知され、愛してもらえるようになるのではないかと考えました。

―三島に足を向ける人が増えれば、まちの関係人口も増えますね。

大森:関係人口ということでいえば、Whiskey&Co.に少額出資してくれたら、三島に来なくてもECサイトでお酒を購入できる権利を付与する仕組みもつくりました。Key3というトークンを発行して、トークンを購入した人はうちのお酒が購入できたり、コミュニティに参加してブランドづくりに意見などを伝えることができたりします。(※デジタル会員権のような仕組み)今のところ、約4,600人が出資してコミュニティに参加してくれています。

 この仕組みを、関係人口を増やす地方創生と絡めて見てくれる方もいますが、僕らにとっては自らのブランド力を高めるためのひとつの手法と捉えています。Whiskey&Co.では、「クオリティドリブン」をレガシーとしています。クオリティを徹底的に追及する酒づくりを続けることで、ブランドの価値、事業の価値、お客さまに還元できる価値を高めていく。これは、僕らのビジネスモデルの根幹にしているものです。この「クオリティドリブン」を追求する先に、関係人口の拡大というキーワードがつながってくると思っています。

image15 (中)                    ▲大森章平/Whiskey&Co.株式会社代表取締役
同志社大学卒業後、2001年株式会社ベンチャー・リンクに入社。1,000店舗超の加盟店舗、500社超の加盟企業の経営コンサルティングに従事する。2010年、リノベる株式会社を山下智弘と共同創業。中古住宅×リノベーションのマッチングプラットフォーム事業などを立ち上げるなど、副社長としてビジネスモデル構築と全国展開を推進。2021年、Whiskey&Co.株式会社を設立し、2023年6月より三島にてウイスキー製造を開始する。

image6 (中)                    ▲ファサードのガラスショーケースに飾られたお酒。

事業のもつ先進性や新しさを、リノベーションで体現させる

―「Distillery Water Dragon」は当時築97年の登録有形文化財をリノベーションしたものですが、リノベーションに至った経緯を教えてください。

大森:蒸留所をつくる場所を探していたときに、候補地のひとつとして三島を訪れました。初めて三島のまちを歩いてみて、町中にきれいな水が流れていることに驚きました。ウイスキーづくりは、日本酒やワイン、ビールといった醸造酒とは違い、蒸留器で加熱してアルコールの度数を上げていく作業のため、冷却に大量の水を使います。その水が、水道水なのか湧き水なのかでビジネスモデルも変わってきます。そのときすでに、BtoC向けに町中で小規模な蒸留所をつくるというコンセプトはある程度決めていました。富士山の伏流水が豊富な三島なら、町中で蒸留酒づくりができる。これが大きな魅力となり、三島で物件探しをしようと動きはじめました。

 物件は、地元の加和太建設の不動産部門の担当者の紹介で巡り合いました。もとは洋品店で、当時築97年の登録有形文化財となっている歴史ある建物でした。あまりにも古いことから改修に費用がかかることは一目瞭然でしたが、三嶋大社の表参道のど真ん中にある立地に、「ここだ」と思いました。三島の歴史や文化を色濃く感じることができる場所です。ここに蒸留所をつくることで、この地で本気でものづくりをしていく覚悟を三島の人たちにも感じてもらえるはずだと考えました。

 この場所でなんとか蒸留所をつくるにはどうしたらいいか。リノベーションするならということで、リノベるに相談を始めました。

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▲Before:築99年(築年1926)、大正時代の耐震建築手法「看板建築」の技術で建てられた洋品店跡をリノベーション。

―パートナーにリノベるを選んだ理由を教えてください。

大森:僕がリノベるにいたということもありますが、リノベるのBtoB向けのリノベーション事業は日本屈指の経験値を持っていると自負していたので、リノベるに依頼することに迷いはありませんでした。プランニングから設計、施工までワンストップで行うということは、取り仕切る責任者さえ信じられれば、確実な仕事をしてくれる人間が揃うということです。何より、あの地域・あの場所の価値を未来にどうつないでいくかについて、同じ思いや言語でコミュニケーションをとってくれるのはリノベるだと思っていました。

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―リノベるは、具体的にどのように関わっていったのでしょうか。

西郷:大森さんとは15年ほどリノベるで一緒に仕事をさせていただきました。行動力とスピード感が桁違いで、とても尊敬しています。そんな大森さんがウイスキーをつくると聞いて、間違いなく面白いことになるだろうから、できることがあればぜひ関わりたい!と思っていました。

image16 (中)                    ▲リノベる 都市創造事業部 本部長 西郷俊彦。

西郷:リノベるは物件購入の前段階からプロジェクトに参画しました。まずは改修にかかる技術やコストの実現性を検討し、蒸留所としての許認可要件の整理まで行いました。文化財で蒸留所という難易度の高い挑戦でしたが、大森さんの熱い想いを事業として成立させるため、企画のフェーズからご一緒し、設計施工まで、ワンストップで伴走させていただきました。

 物件は、ファサードの看板建築のみ有形登録文化財となっていましたが、約100年の間、木造の建物がそこにあり続けてきたということ自体、非常に稀なことです。登録有形文化財をリノベーションするのも、リノベるにとっては初めてでした。あまりにも建物が古く、改修してもリスクが残ることはお伝えし、リスクを最小限に抑えながら、どう価値を最大化するかを共に議論しながら進めました。

 特に大切にしたことは、大森さんが掲げるブランドテーマ(「Playful!!!」)にもある遊び心や楽しさを、リノベーションによってどこまでこの歴史ある建物に体現していくことができるのかということでした。
 
結果的には登録文化財であるファサードにはアートを活かした変化を与え、蒸留所としての視認性を高めるために内部の蒸留設備機器が主役になるような改修を行いました。
また、2階天井にコンセプトとなる大きな天井画がはいり、その天井画が参道から外部のアートと一体化することで改修の効果が高まることを目指しました。

image21 (中)                    ▲築100年ほどの看板建築。窓からは蒸留所内部が見え、ウイスキーの香りが道行く人の足を止める。

image9 (カスタム)                    ▲1階内部の様子。この日は蒸留機の清掃日だった。

image19 (中)                    ▲2階は上から蒸留所を覗くことができる。ツアーやイベントをこの場所で行うことが多いそう。天井には2匹の水龍の内、1匹の天井画が描かれている。

image7 (中)                    ▲2階から見た様子。

リノベるのプラットフォームからはじまる「まちづくり」

―2023年5月の竣工から2年以上が経過しました。蒸留所は今、どんな状況ですか。

大森:日々順調に酒づくりを進めています。見学ツアーもオープン当初から行っています。今では毎月100名以上の予約があり、その数は増えてきています。お客さまも個人の方から海外の方、企業研修で来られる方、地方創生の勉強を兼ねて来られる方までさまざまです。
 また、Whiskey&Co.主催によるカクテルコンペティションを年に1回行っています。うちのお酒を使ったカクテルのアイデアを、一般部門とバーテンダー部門に分けてウェブサイトで募集し、競う大会です。昨年から、その決勝大会の会場を三嶋大社で行わせていただいています。また、三嶋大社との結びつきはより深まっていて、うちのお酒を奉納酒としていただいたり、三嶋大社の夏祭りや年末年始には蒸留所を開放したりしています。ドリンクやフードの提供や、年末限定製造の焼酎や福袋の販売などを行っています。その他にも、奉納酒となる芋焼酎の製造の工程である「芋きり」体験ができるイベントも開催しています。参加者には製造にかかわった芋焼酎を1本持ち帰れるので、人気が高まり、昨年は2日間で80人も参加する盛会となりました。

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image20 (中)                    ▲左から、三嶋大社の奉納酒にもなっている芋焼酎「konohana」三島初完全オリジナルのジン「Water Dragon Spirits」、看板商品となる、ジャパニーズバーボンスタイルのウイスキー「Little K(リトル・ケー)」。

image11 (中)                    ▲蒸留所見学ツアーを開催しており、ウイスキーの製造工程の見学やウイスキーの試飲が楽しめる。おいしさの秘密や歴史ある建物についても知ることができるそう。

―ウイスキー樽を町中に置いていき、三島の町を「ウイスキーが眠る街」にしていく試みもあるそうですね。

大森:一般的にウイスキーは製造したら貯蔵して、でき上がったものをどんどん発送していくので、広い敷地をもつ蒸留所が多いのですが、うちは町中にある小さな蒸留所なので貯蔵するための場所が確保できません。そこで、貯蔵庫として活用できる空き物件や空きスペースを募ってきました。三島の方々からの紹介もあり、現在市内に4カ所の貯蔵庫があります。ウイスキーが三島の町のそこかしこに貯蔵され眠っているというのは、ロマンがありますし、まちの新しい魅力となり得ると思っています。

 また、お互いのビジネスメリットにもなるということで、貯蔵庫は少しずつ増えていっています。たとえば、15~19カ月熟成させた原酒のブレンド「Little K 2025 2nd」を11月1日にリリースしましたが、その貯蔵場所は蒸留所から車で10分ほどのところにあるモデルハウス(住宅展示場)のガレージです。モデルハウスの運営会社にとっては、「うちのガレージには地元のウイスキーメーカーのウイスキーがたくさん眠っていますよ」とお客さまに向けて声がかけられますし、それにより集客が1組でも増えればメリットにつながります。
 また、ウイスキーは貯蔵庫ごとに味わいが違ったり、寒暖差や標高差などにより樽の熟成の仕上がりが違ってくる面があります。さまざまな場所に貯蔵庫を置くこの仕組みでは、場所によって生まれる違いをプロダクトのユニークさにつなげていけたらいいと思っています。

image13 (中)                    ▲徒歩数秒のところにある貯蔵庫の一つ。中にはウイスキーの樽が並ぶ。

―今後の展望についてお聞かせください。

大森:熟成が進んで、いよいよ2026年は、いわゆるレギュラーボトルといわれる定番商品を出していくタイミングになってきます。これまでやってきたことは下準備にすぎず、これからが本格始動です。また、新しい展開として、2024年6月には島根県隠岐諸島の海士町に、AMA Whiskey&Co.株式会社を設立しました。2026年には隠岐の島に第2号蒸留所「Distillery Drift Mark」がオープンする予定です。

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―今後、リノベると一緒にやってみたいことはありますか。

大森:じつは今、リノベるがBtoBで再生させたホテルや施設に、ウイスキー樽を貯蔵してもらうプロジェクトを進めています。熟成年数が上がるとお酒としての価値が上がっていくウイスキーの特徴を生かして、再生された建物の価値とリンクさせ、コラボレートできればと思っています。

西郷:大森さんと、そうした新しい取り組みをご一緒できるのは本当に嬉しいです。ひとつの場所で生まれた「まちづくり」の熱量が、次の場所へ伝播していく感覚があります。

 私たちリノベるが手掛けているのは、大規模な再開発ではなく、ひとつひとつの建物を再生する「点」としてのものづくりです。しかし、私たちがプラットフォームとして機能することで、今回のように大森さんと別のエリアのオーナーさまをお繋ぎしたり、まちとまちを結びつけることもできます。「点と点」をつなぐハブになることは、私たちが目指す「まちの新しい価値になる。」という役割そのものなのだと思います。

編集後記

後日、リノベる取締役の安河内亮とDistillery Water Dragonに足を運び、取材した。

―実際に足を運んでみていかがですか?

安河内:三島駅からこの場所まで、ずっと川沿いを歩いてきたのですが、水の美しさに驚きました。そんな風景の中を歩いていると、ひと際目を引く建物が現れますよね。古き良き三島の風景に新しい要素が融合していて、道行く人が思わず足を止め、中を覗き込みたくなるのも納得でした。実際、通りがかりに声を掛けている方を何度か見かけましたよ。

大森:そうなんです。近所のおじさんが「何やってるの?」とふらっとお酒を買いに来てくれたり、週末は子どもたちの遊び場になっていたりと、地域に馴染んできました。平日もツアーのお客さまがいらっしゃいますし、想像以上に賑わいが生まれている手応えはありますね。

安河内:蒸留所単体だけでなく、まちの空き物件を「貯蔵庫」として活用するアイデアも興味深かったです。拠点を点在させることで、まち全体という「面」へ広げていく発想ですよね。過密な東京ではなかなか難しく、ほどよい余白がある地方都市だからこそ実現できるんだなと。

大森:「まちに開かれた蒸留所」にしたいなと思っていました。「街中」というコンセプトに合う場所を探し、来年でもう100年になるこの建物に出会いました。文化財の活用には苦労もありましたが、この場所を活かしたからこそ、本当に人が集まる「まちの拠点」になれているのではと実感しています。

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▲バーの入り口。当時の趣を感じさせる小道に設えた。

image5 (中)                    ▲奥へ進むと蒸留所でつくったお酒を楽しめるスタンド式のバーカウンター。バー営業は、金18時、土日は10時から。

image23 (中)                    ▲2Fは「大人の隠れ家」をイメージしたフロア。トークン「key3」ホルダー専用ルームとなっている。

image2 (中)                    ▲Distillery Water Dragonのメンバー数名と撮影。蒸留所の日々の運営を支えている。

Distillery Water Dragon HP:https://whiskey.co.jp/waterdragon
リノベる 都市創造事業:https://citycreate.renoveru.co.jp/
撮影:大野写真研究室

 

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